■鉄人28号に「ブラックオックス」の上半身のバルーンアート」が登場した。(中日新聞 通風筒」

阪神大震災復興シンボル「鉄人28号」に「ブラック オックス」の上半身のバルーンアートが登場した。

 

宮城県の多賀城高校の生徒と地元兵庫高校の生徒たちが、農業用シートをつなぎ合わせたバルーンで「ブラックオックス」を作った。

ともに大震災という苦難を乗り越えようとチカラを合わせた結果である。

 

頑張ろう!との思いを込めた巨大アートは皆の心をつなぐシンボルとなった。

 

2012年12月24日

■普段は等身大よりも遥かに小さいそれが、

 逆に見上げるほどお大きいことに、言い知れぬ高揚感を覚えた。(日経新聞アートレビュー)

大きいことはそれだけで迫力が出る。

しかし大きいだけではその迫力は一瞬で終わってしまう。

しっかりとしたものは大小に関係なくその存在感に圧倒され、それが巨大化されるとまた違った意味を我々に与える。

 

篠山紀信の写真力、その圧倒的な迫力に対面したいものである。

 

2012年12月13日

■人にはそれぞれが持っている時計があるのよ。 (日経 学びのふるさと 12月7日)

女優の市川実日子さんが高校3年の夏、進路選択を迫られてオリーブの編集部を訪れた時のこと。

 

大学へ進学するか、このままモデルを続けようかと編集長に悩みを相談すると…タイトルの言葉に続いて「まわりの友達が進学しても焦ることはないし、大学は自分で勉強が必要だと感じた時にいつでも行けばいい」とアドバイスされモデルの仕事を続けることに決めたという。

 

象とねずみ(実際はノミですが)の持ってる時間はそれぞれ異なります。人にもその人自身の時計があり、その秒針を自分の納得するように合わせれば良いのですね。

 

2012年12月10日

■君の死は、隠れてしまった太陽のようだ。

 起きるたびに、君がいないことを確認して、途方に暮れている。(日経新聞 文化 野田秀樹)

コラムで野田秀樹さんが書いている。

おそらく君と深くかかわった人々のすべてが、そんな太陽のない朝を迎えている。その数の多さに、君の、中村勘三郎の、温かくも激しい人生を見る。

 

私は深くは知らないが、この人のことは誠に残念でしようがない。何とか日本の医学をもってして直せなかったのか!女将さんの言葉が身にしみる。

 

今日1時5分~4時に「NHKアーカイブス中村勘三郎さん 芸に生きて」という追悼番組がある。

是非、ビデオに収録し保存しておこうと思う。

録画はやり方がわからないので女房に任せるが…

 

2012年12月9日(今日が私の誕生日なんです)

■先代勘三郎4人目の子が待望の男児だった。

 「オムツを取って証拠を見せてくれ」。(日経新聞 春秋コラム)

12月6日、早朝5時だったろうかTBSラジオの「生島ヒロシのおはよう一直線」からその一報が届けられた。 古典から新作まで幅広く活躍していた十八代目中村勘三郎。 57歳、何という若さ、何という勿体なさであろうか。

 

当日、ある旅館の女将さんが言った。

「ええーい!日本の医療のチカラで直せなかったのだろうか?悔しいね~、勿体無いね~」

 

先代が待ちに待った4人目の子が待望の男児であった。

駆け抜けて、駆け抜け続けて、そして亡くなった。

 

2012年12月7日

■カメラに向かって、微笑んでください。アインスタインへのインタビユー記者

アインスタイン72歳の時、インタビューアーが問いかけた言葉です。

アフリカのある地方での挨拶らしいのですが、ユーモアって大切ですね。

 

Fase Bookからの案内で片町のあるバーのマスターが11月24日誕生日だという連絡が入った。

そこで久しぶりにインスピレーションが湧いて描いたのがこの3枚。

バンドの名前だけは知っているが、メンバーの名前までは分かりません。

DEMONで良いのでしょうか?

 

2012年11月23日

■主人をそそのかしたのは、あなたね!おかげで家はメチャクチャよ! (日経新聞 文化)

源義経は生きて大陸に渡り、チンギス・ハーンになった。このような伝説をまともに研究している人々がいる。郷土史家でも学者でもないアマチュアの歴史研究家と言われる人々である。

 

冒頭の言葉は、その会員の奥様が苦情を寄せた言葉である。

家の中は本、本、本の山、足の踏み場もない状態、老後の蓄えも食いつぶしているらしい。

そんな家庭を顧みないほど研究にのめり込む会員が多いという。

 

ようやく今回創刊600号を迎え、登録会員も16,000名を数えた。

在野の歴史好き、ますます元気である。

 

2012年11月19日

■「日本では難病の子供たちは旅行に行けないのか」 (日経新聞 文化)

62歳で新たな目標に向かった永井健三さん。

アメリカで企業研修の手配をしていたが、日本企業が同時多発テロ、銃乱射事件などでアメリカでの企業研修を見合わせるようになって事業を停止。

 

人生は長い。次の目標を探している時に出会ったのが、

冒頭のテレビ番組を見ての感想…「日本では難病の子供たちは旅行に行けないのか」。

 今までの経験を活かして立ち上げたのが社団法人ア・ドリーム ア・デイ IN TOKYO。

今日まで約30組の子供たちをスカイツリーやディズニーランドへ無料ご招待をしている。

 

難病と言えばホーキンズ博士。

ALSという難病にかかっているが、さまざまな人たちが協力して助けあって活動している。

 

自分のためではなく、他人のために働く…

これは新しい会社に入ってからの私の信条となったが

果たしてこのような活動が私に出来るかなぁ~

 

2012年11月7日

■映画祭の事務局が、我々の映画「風水」を評価していただいたことに感謝の意を表します。

 「風水」の芸術顧問を務めた中国の大監督シェ・フェイのコメント(日経新聞 文化)

尖閣諸島の問題があり東京国際映画祭への出品を直前になり取りやめた中国映画「風水」の芸術顧問シェ・フェイより上記のようなのコメントが届いたという。

 

政治利用されたと想う映像や政府の対応の陰に隠れ、このような人々がいるのもまた事実であろう。

 

映画の出品同意書なしには解約はできない!という規定により、事務局が予定通り上映したことに対して多いに賞賛の声が上がったという。

 

2012年11月1日

お問い合わせ⇒yucho1209@gmail.com